地元暮らしをちょっぴり楽しくするようなオリジナル情報なら、佐賀・神埼の地域情報サイト「まいぷれ」!
文字サイズ文字を小さくする文字を大きくする

佐賀・神埼の地域情報サイト「まいぷれ」佐賀・神埼

心も体もキレイに!美容・健康・ファッション・恋愛...女子のためのお役立ち情報

【歴史】乙女ゲームより胸キュンできる?! 歴女が恋する偉人イケメン3選

歴史上のイケメン偉人を楽しくご紹介する読みものコラムです。歴女や乙女ゲーム好きな人はもちろん、歴史には興味がなかった女性でも胸キュンできるイケメン歴史人物話(長曾我部元親、竹久夢二、在原業平)を3つ集めました。

 最近は乙女ゲームでも歴史人物を現代風イケメン化して恋愛するというストーリーが流行っていますよね。今回は実際に当時の世の女性たちを騒がせた『イケメン偉人』たちを3名ご紹介します。

 

在原業平(ありわらのなりひら):貴族系ナンバー1イケメン

 日本一の美男と称される彼は、なんと生涯3733人の女性と交際したと語られています! 今なら「女性と遊んでばかりいないで仕事しろ!」と言われてしまいそうですが、当時は女性にモテることが一番のステータス。現代では仕事の功績の数で一目置かれますが、平安時代ではそれが女性の数。仕事の功績=女心をつかむ数といった図式でしょうか。

 

 また、彼は歌人としても有名です。そう考えると自らの恋愛体験を仕事にしっかり直結させていますね。やはり彼は『デキる人』なのでしょう。

 

竹久夢二(たけひさゆめじ):大正ロマン時代のモテモテアーティスト

 大正と表記しましたが、彼は明治から昭和初期まで生きました。画家詩人デザイナーと多方面に活躍しましたが、彼の作品で最も有名なのは絵画美人画)でしょう。

 

 とにかく女性関係が派手だった夢二ですが、彼をメロメロに魅了し、唯一結婚まで至ったのは岸他万喜(たまき)という女性です。強く惹かれ合った二人ですが、その分熱い気性がぶつかり合って激しい喧嘩の末破局しています。しかし離婚後も交際が続いていたといいますし、何とも不可解な関係です。両人ともアーティスト気質だったのでしょうね。

 

長宗我部元親(ちょうそかべもとちか):戦国の世を生きた武将系屈強イケメン

 幼い頃は色白でおとなしい美少年だったため『姫若子(ひめわこ)』と呼ばれていた彼ですが、戦になると獅子奮迅の様相で撃破したことから『鬼若子』と呼び名が変わりました。

 

 ちなみに戦がない時には読書や学問にいそしむ優等生タイプの男性です。頭が良く容姿端麗スポーツ万能。文武両道の生徒会長タイプといったところでしょうか。

 

戦国時代には珍しく彼はたった一人の側室しか持たず、を大切にしたことでも知られています。

 

まとめ

 あなたはどのイケメン偉人が好みですか? 歴史上美男子ではしばしば新撰組沖田総司が挙げられますが、それは残念ながら病弱の剣士という先行イメージで創りだされた虚像のようです。しかし正確な写真や肖像画が残っていないので、想像を楽しむのもアリではないでしょうか。

 

 実在のイケメン俳優などに憧れるのも素敵ですが、時には歴史に親しみつつ想像上の恋を楽しんでみるのはいかがですか?